【 Program 】





『―――今朝、ウィルス登録番号A―055βにより五百人、A―195αにより三百人、C―018により百五十一人。その他も含め、計二千三十一人の死亡者が確認されました。なお、その死亡者の中からまた新たな新型ウィルスが発見され――――』

ブツンッ……

音とともに、テレビ画面からニュースを読み上げる女の姿が掻き消えた。
めんどくさげにリモコンを放り投げると、俺はそのままごろりと寝転んだ。

……つまらない……

退屈で退屈で、たまらない。
テレビでは気分の悪くなるようなニュースや、もう見飽きた昔のテレビ番組の再放送やらが、ただ繰り返し放映されるだけだ。かといって外に出ることも、話し相手を求めることすら許されない……。科学技術の発達で、何もかもが便利になったというのにも関わらず、だ。
そう……全てが便利になった。
ボタン一つでコンピューターやロボットが何でもやってくれるようになったし、わざわざ店に行かなくてもネット通信で買い物をする事もできる。外のひどい環境に対応することだって、出来るようになった。
だがしかし。そんな便利な世界の中で。いつの頃か、人間達のほうに異変が起こり始めたんだ。
原因不明の病気たちの発症。
二十世紀頃に発見されたエイズをはじめ、次々とその原因も治療方法もわからぬ病気が人々を襲い、新種のウィルスが爆発的に増えていった。今やもう、病気にかかっていない者の方が珍しいくらいにまでなってしまっている。
そして数少ない『健康体』の人間は、『人類保護』の為とかで、一切の病原菌に触れないようにと特別施設に隔離され、保護されている。
かく言う俺もそんな健康体の一人だったりする。
外にも出れず、誰とも会えず、俺たちは毎日を死んだ方がマシなほど退屈に過ごしていた。
「……なんで……こんなことになっちまったんだかなー……」
誰にも聞かれることの無い呟きを、ふと漏らす。
「――教えてやろうか?その原因」
しかし次の瞬間。ありえるはずの無い返事が返ってきた。
からかうような口調。まだ子供だろうと思われる、高めの声……。
俺は動きを止め、そのまま凍りついた。
……誰だ?なんだ……?この部屋には、俺しかいないはずで、他の誰かが勝手に入ってくるなど不可能なはずだ。
……そ、そりゃあ、人間がばったばったと死んでいくこのご時世、ユーレイの一匹や二匹……い、いたらヤだな……。
「オレはユーレイなんかじゃねぇよ。ホラ、ちゃんと座れ。話ができないじゃねぇか」
そして後ろから、にょっと覗き込んでくる、まだ幼い、少し目つきの悪い少年の顔……。
「っのわあああああああああっ!?」
俺は思わずその場に飛び起きた。おもいっきり後ずさり、壁際に寄る。……すると嫌でも少年の姿が確認できてしまう。……ちょっと失敗、か……?
「失礼な奴だな。ひとを化け物みたいに……」
「なっ……なんなんだっ!?お前っ……一体、どこからっ……!?」
パニックに陥る俺をよそに、少年はからかうような笑みを浮かべ、そばにあった机の上に腰掛けた。
「そんなことは、問題じゃないさ。――それよりも、知りたいんだろう?今この地球上にはびこる……名前をつけるのさえばかばかしくなるほどに溢れかえる、病気発生の原因を……さ」
「なっ、なんだってぇっ!?……そんなこと、が……わかるのかっ!?」
驚愕に眼を見開き、俺は思わず身を乗り出した。
「お前、バカか?知らないもんを教えてやるなんて言うかよ」
鼓動が速くなるのがわかった。やっと現れた希望に、期待に、興奮している。
そりゃあ、当然だ。だって病気の原因がわかればその対処法もおのずと判ってくるってもんだ。そうすればみんなの病気も治って、俺は晴れて自由の身になれるんだ……!!
「でっ!?なんなんだっ!?その原因ってのはっ!!」
身を乗り出し、さっきとは百八十度態度の変わった俺に失笑しつつ、少年は話し出した。
「カンタンな事だよ。この数々の病気の原因……それらは、別に外から入ってきたわけじゃない。全て、人間のなかにあったものなのさ」
「……はあっ!?な、なにバカな事をっ……!?」
わけがわからない、という俺をさもおかしそうに眺めながら、少年は続ける。
「まあ、聞けって。……そうだな……例えば、とあるコンピューターが制御不能になったら、お前はどうする?」
「ど、どーするって……」
「ばぁーっか。カンタンだろうが」

俺を小馬鹿にしたような表情の、その瞳がすっと細められる。

「リセットして、今までのデータを消しちまえばいいんだよ」

今までとは打って変わった、低い響き。
ぞくり……と、何か冷たいものが俺の背を伝っていった。
……こいつ……口調は軽いくせに、どこか鋭いほどの冷たさがその瞳の中にあった。
俺の中に、何か嫌な予感が生まれた。
「……もしくは、最初からしっかりプログラムを設定しておくんだ。制御不能になったら作動して、システムを停止させる……自爆プログラムを、な」
「じ、自爆……!?」
「そう。で、まあそれと同じようなものが生物の遺伝子のなかにも組み込まれてるってことだ。彼にとって、あまりに有害な進歩を遂げた時に作動するように、な」
「そっ……そんな、バカなっ……!?」
俺は、ただ呆然と少年を見やった。
誰が信じる?こんな話を……。
遺伝子の中に組み込まれていた……?この莫大な数の病気が……?
……自爆プログラムだって……!?
「嘘じゃあ、ないさ。彼にとって、この世界に誕生したばかりの生物にそんなプログラムを埋め込むことくらい……カンタンな事だったのさ」
「……彼……?」
そういえば、さっきも言っていた単語だ。一体誰なんだ……?そいつが、そんなプログラムを!?
「彼って……誰だ……?お前は一体、何者なんだ……!?」
呆然と、俺はそいつに問いかけた。心なしか声が震えているのは、きっと気のせいではないのだろう。
「それは、教えられねぇな。そんなことは、おまえ自身が見極めることだ。でも……そうだな、ヒントだけは教えてやるよ」
少年は不敵な笑みを浮かべ、まるで俺をからかうかのような口調で説明を続ける。
「彼は……いや、『彼女』かもしれないな……。まあ、もともとどっちでもねぇんだけど」
「どっちでも……ない……?」
「ああ、そうさ。彼の、母性的な部分を見て『彼女』と呼ぶ者もいる。そしてオレ達は、父性的な部分を見て『彼』と呼んでいるに過ぎない。……そして、彼は……人間を最も愛し、同時に最も憎むもの……」
「な、なんだって……!?」
……全然意味がわからない。つまり一体、『彼』とは何者なんだ……?
「まあ、つまり、どんなに子供がかわいくったって、『やっちゃいけないこと』をしたら、『お仕置き』をすることも必要だってぇことさ」
……ますますわけがわからない……。
どんどんと混乱していく俺をよそに、少年はさらに話を続ける。
「病気なんだよ、彼も。お前ら人間のおかげで、もう治すことも不可能なくらい、重症なんだ。だから……もうお前らに滅んでもらうしかないのさ。彼自身を、そして他の生物を護る為に。……だけど……『彼女』は全滅は望まなかった。だから、お前みたいな自爆プログラムが作動しない人間もいるんだ。……『彼女』はただたんに絶滅を悲しんだだけだけど、『彼』はお前らに思い知らせるつもりみたいだな」
「……え……?」
「自分達の罪を思い知らせる為に。見せしめの為に……生き残らされるんだよ、お前は」
「―――!?」
俺は、言葉を失った。
少年の言っていることはまだ半分も理解できてはいなかったが、その響きの冷たさに、軽い口調の裏に隠された憎しみに、言葉も、動きすらもが奪われていく……。
「お前には、『滅亡』を見届ける義務がある。そしてお前らに『真実』を伝えるのが……オレ達の役目だ」
動くことすら出来ない俺を、少年は面白がるような表情で見つめていた。俺自身は、自分が今一体どんな顔をしているのか、想像もつかなかった。それどころではなかった。
「……じゃあ……病気が治ることは無いのか……?その、方法は……」
やっと出た声は、情けなくもかなりかすれていて、本当に音になっているのかすら怪しいものだったが。
「ねぇよ。もう人間は、滅びるしか道は無いのさ。お前みたいなのが多少は生き残るだろうけど……絶滅は時間の問題だな」
「……なら……お前の言う、『彼』は……?」
「彼の病は……時が癒してくれるのを待つしかないなあ。一体何百年かかるのかわからないけど……。とりあえず、人類さえ消えてくれりゃあ、これ以上悪化することはねぇよ」
「そ……んなのって……」
……誰だ?一体誰なんだ?……そんなとんでもないことを考えているのは……
俺は必死に答えを見つけ出そうと、頭の中を整理する。

『彼』……。『彼』でもあり、『彼女』でもあるもの……。人間を最も愛し、最も憎むもの……。人間達の所為で、病に侵されてしまったもの……。

(……え……?)
俺の中で、ふと何かがひらめいた。そして、一つの答えがはじき出される。
(ちょ……ちょっとまて……でも、まさか……!?)
俺は思わずばっと顔を上げた。
そしてちょうど、少年と目が合う。
その瞬間、そいつの瞳の中に何かが見えた。

……汚染された、海。暗く重くたちこめる、空。乾き、やせ衰えた大地……

それは、おそらく今の『彼』の姿……
呆然としたままの俺に、少年はにやりと笑いかける。
「よぉし。ちゃんと解ったみたいだな。うん。これでオレの役目も終わりだ」
言って、一人満足そうに腕を組んで頷いている。
俺ははっと我に返った。
……って、ちょっと待て!一人で勝手に完結するなああっ!!
「役目が終わったって……助けてくれないのかっ!?」
「あのなぁ……。オレらはただ、『伝える』為だけに創られたんだよ。それに、彼の命を脅かす人間達を助けようだなんて、思えないね」
そして、いよっ、と机の上から飛び降りた。
「じゃ、元気に人類の最期を見守ってろよ」
言って手を振る少年の姿がだんだんと透けていく……。
……消える……消えてゆくっ……!何の手がかりも得られないまま、少年も、そして……人間も……!?
「ちょっ……ちょっと待てよっ……!!」
「やぁだ、よ。オレは早く、彼の元へ還りたいんだ」
あっかんベーっと舌を出し、そのまますうっと消えていった……。
「…………」
俺は何の成す術も無く、少年の消えた虚空をただただ呆然と見つめ続けているしかできなかった…………。




『―――…により、また新たに百余名の死亡が確認されました。これで地球人口の約三分の一が死滅したこととなり、このペースでいくとあと数年のうちに人類は絶滅してしまうだろうと言われています―――――』




03.08.02


* 高校時代の作品。ちょっとリメイク。
世紀末だったせいか、破滅系とか多かったなぁ(笑)